おたくはどちら

つれづれ

幕間 彼女は独り言が多い


 現在一般的な音楽で使われる平均律は、極めて数学的に構成されている。音律の歴史は古く、ピタゴラス(紀元前582~496)は音階の主要な音程に対応する数比を発見したとされている。ピタゴラス音律は音階の全ての音と音程を周波数比3:2の純正な完全5度の連続から導出する音律である。中国や日本の伝統音楽に見られる三分損益法も同様の原理に基づく。


 しかし3:2の周波数比をすべての音階に対して拡張すると、A♭とG♯のような異名同音は23.46セントずれる。ピタゴラスコンマと呼ばれるこの差はモノフォニーでは問題なかったが、12世紀以降のポリフォニー音楽では完全8度、完全5度、完全4度が使われるようになった。続く長3度は81/64の比率となり、また倍音が「うなる」。


 諸問題を克服するため、完全5度を2:3、長3度を4:5に設定し作られた音律が純正律である。純正律は4:5:6の単純比となり美しいが、鍵盤楽器が複雑化した。続いて発明された中全音律は小全音と大全音の中間を用いた音律だが、一方でロマン派の転調は難しい。


 1オクターヴを12等分する方法によって生まれた平均律は、どの調でも完全な5度や3度が表現されないが、平等な不完全さを持つために誤差の大きな音程に演奏が妨げられず転調や移調を自由に行える。


 さて、しかしそうした時代背景においても、一部の閉じたコミュニティでは依然として独自の音律が発達してきた。つまり、23.46セントのうなりを文化のうちに取り入れ、ひいては数秘術や宗教的意味に昇華してきた集団もまた存在するということだ。これは音楽における数学基礎論と文化形成の関係性を論じる上で大きな価値を持つ。


 そのひとつが、全音階を幾何学領域に拡張した「正七角」を信仰の対象とし、「うなり」に呪術的解釈を用いた集団である。彼らは近代統治機構による組織化、あるいは排斥によって土地を追われ世界中に散らばったが、英国発日本行きの船にその一派のひとつが乗っていたとする記述が明治時代の日本政府使節団によって記されている。


 使節団の手記によれば、彼らはイギリスに見られる小型の手風琴(アコーディオン族に属するフリーリード楽器)を所持しており、だがそれは一般的な筐体と違って七角形であった。彼らの集団に名前はなく、ゆえにその楽器の名前を戴いて「コンサティーナ」と名乗っていたという。

 
……



「〜♪」

「はじめは招来、おわりは退散」

「おわり、というのはおばあちゃんの歌ですよねぇ」


    ドミレ ドミレ ララソシラ
    ドミレ ドミレ ソファソド


「単旋律で……特になにかの音楽というわけでもなく」

「この鼻歌の前に、はじめがあったってことなんでしょうか?……あっ」

「はわわ〜、そうだったのです、ここが降りる駅なのでした、あぶないあぶない」


    ドミレ ドミレ ララソシラ
    ドミレ ドミレ ソファソド


「ヒクイ様からはしばらく休みを取っておけと……何故かこの金物かなものカモメは東京に来てしまったわけですが」

「持ってきたのは身の回りのものと……別館に飾ってあった陶器と……保管しろと言われたこれは資料ですかね、どれどれ」

「難しい〜……でも、音楽に関係する論文でしょうか?著者は……"三点さんてん伊予イヨ"って方ですね」