おたくはどちら

つれづれ

5.シートベルトをお締めください

ハロー令和


ちょっと所用あって高速バスに揺られていますが、まあ暇ですよね
MtGの翻訳記事読んだりTRPGのシナリオの下調べしたり人生の意味を考えて時間を潰すわけですが、その選択肢のひとつとしてブログを綴ることにします
朝早く起きたわりに寝れないぜ…


そんな眠れない夜のために小説の話をしましょう、夜行バスなんでライト付けられないけどな!
スマホはホワイトポイントを100%まで下げて使ってるので大丈夫です
今回紹介するのはレイモンド・チャンドラー、20世紀アメリカの小説家です。探偵モノで有名ですね、「さらば愛しき女(ひと)よ」とかはよくタイトルがパロられているので聞いたことがあるかもしれません
さて、彼の代表作のうちで有名な文句をひとつ挙げましょう、


"ギムレットにはまだ早すぎるね"


「長いお別れ」にて、私立探偵フィリップ・マーロウの酒飲み仲間であるテリー・レノックス。
序盤にギムレットなるお酒を彼らは毎度酌み交わすわけですが、しかし暫くのち、テリーは遺書を残して自殺します。
彼の自殺によって冤罪から釈放されたマーロウは、「行きつけのバーでギムレットを飲んでくれ」というなんとも妙な遺言を律儀に守ります。
テリーが好む銘柄だったライムジュースのやわらかい甘みに、ジンのするどい強さが混ざった一杯。亡くなった友人の言葉とともにマーロウの喉を通り抜けます。
いや…シチュエーションが格好良すぎるだろ…
1杯の酒が友情と追悼、そしてテリー自身の人格を思い起こさせるようなシチュエーションを導きます。「ギムレット(別れの酒)にはまだ早い」。ハードボイルド小説作家として名高いチャンドラーですが、この作品でもその才は遺憾なく発揮されています。


さてここまでが私が一切手をつけていない状態での感想です。全部受け売り。ここからが読後の感想だ


言いたいことはほどほどにあるんですけどこの記事のテーマはギムレットのフレーズなので、そこに触れることにしましょう、
私が読んだハヤカワ文庫清水訳版に照らせば、523ページに渡るマーロウとテリーの友情の物語。それを代表する科白として、この14文字を借りてくることは簡単です。煙草をふかす探偵と、どうしようもない酔っ払いの関係性を抜き出したのが「ギムレットにはまだ早すぎるね」だと。


ただ、結局いくら引用に際して状況をかいつまみ要約に取り組もうが本文そのものには敵わないし、そのフレーズが作り出す調子や雰囲気はどうしようもなく模造品にしかならないと。
当たり前なことを言っていますけど、私は14文字のために7時間の読書と1080円(税込)のコストを支払ったので、この世の引用をひとつずつ埋めていく行為はめちゃくちゃ面倒くさいです。そういうことをできる人間が知識人なんでしょうけども
(名誉のために言っておけば小説の内容も名著と讃えられるくらいには面白かったし、古本や図書館で読む以上に定価を支払って還元することは価値があると思っています)


蝶を標本にしてどれだけ上手く展翅針を扱っても、その蝶が舞う姿を見ることはできないのと同じ理屈です。舞う姿をほとんどの人が見たことがなくても、その蝶が舞っているのは美しいと持ち上げているわけですね。
マーケティングだとかいちオタクのキャパだとかの要素を加味するとそれはそれで必要不可欠なんですが、スタンスとして自助努力は怠らないように頑張るぞいって思いましたね…


この作品で最高にクールだったのは、シェイクスピアを都合の良いように引用した権力者・スプリンガー氏の演説に対して、新聞社が放った応戦の文章でした(ハヤカワ文庫『長いお別れ』清水俊二訳より)。

故人であるウィリアム・シェイクスピアのためには、≪ジャーナル≫はスプリンガー氏が『ハムレット』が名作であることを認め、いささかの誤解があるにしてもオフィリアに言及されたことについて感謝の意を表したい。"そなたは分別をこえて悲しみの衣をまとわねばならぬ"という台詞はオフィリアについていわれたものではなく、オフィリアによっていわれたものである。


引用に対してウィットに富んだ批判で返した文章を私がそれまた引用するのはなんだか滑稽ですが、これを読んだ時には「へへっ…」って変な笑いが口から漏れました、「ギムレットにはまだ早すぎるね」の引用が抱える問題ズバリそのものじゃんって!


かのフレーズを実際に使ったのは主人公マーロウではなく酔っ払いのテリーですが、誤ってマーロウの台詞だと伝わっていることは多いです(そしてその誤解が多いことに触れている考察や感想も数多くあります)
引用に対して強烈なカウンターをぶち込んだシーンのある小説が、そんな引用の使い方の代表例として引っ張られているのはもはや皮肉以上の何かです
作者チャンドラーが人間の一面を彫り出すようにこのシーンを描いたのなら、間違いなく大成功だと思います


1000文字訓練をうるせ〜しらね〜って感じでダブルスコアでぶっ飛ばしてしまったのでまとめますと、
これは推理小説ではなく探偵小説でした
犯人やトリックを楽しむのではなく、人間の泥臭さ、意地汚さ、卑怯さ、諦観、鬱屈、妬みや僻み、そしてマーロウが信じる友情を楽しむ小説でした
健康的で外聞的な観点は置いておいて、酒と煙草はハードボイルドなロマンなので人生で一回くらいはマイナーな銘柄ふかしてみたいですね


パーキングエリアでトイレタイムだ